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文法第十六:省略

超速理解漢文法 文法第十六:省略

 みなさん、こんにちは。

 

 今回は、漢文法の「文」の項目の最後、「省略」について学びたいと思います。

省略

 漢文では、しばしば文中の主語や目的語を省略することがあります(例1・例2)

 

但し、他動詞の目的語を省略する場合については、どちらかというと※否定文に多く見られます(例3)

否定文とは、否定語を含む文全般のことです。否定語については第10課を参照ください。

 

漢文では、肯定文で且つ他動詞の目的語を簡略化したい場合は、省略という手法ではなく、目的語を代名詞「之」に置き換えるという手法で文を簡略化することが多いです。

 

当サイトとしてもこの傾向を踏まえることとしています。

 

ともあれ、以下、具体的に見て行きましょう。

 

例1:王問曰汝知此事乎。応曰知

訓読:王 我に問ひて曰く「汝 此の事を知るか。」と。応へて曰く「を知る。」と。

訳:王は私に「お前はこの事を知っているか。」と尋ねた。(私は)(私は)これ[=此の事]を知っています。」と応答した。

説明:「応曰知之」は、「応曰此事。」の省略&簡略化です。文脈上主語が「我」で明らかなので主語「我」を省略し「応曰此事。」=「応曰知此事。」へ。次に「此事」がくどいので代名詞「之」で置き換えて「応曰知。」となったわけです。

 

例2:王曰国我所有故国内之財皆当帰我也。為暴君大恨之焉。

訓読:王曰く「国は我が有[たも]つ所なり、故に国内の財皆当に我に帰すべきなり。」と。民聞きて以て暴君と為し、大いに之を恨む。

訳:王は「国は私の所有するものだ、だから国内の財宝は皆当然私に帰属するはずである。」と。民は(これを)聞いて()暴君と見なし、大いに之[]を恨んだ。

説明:赤の下線部は、目的語を持たない他動詞や前置詞の箇所です。「聞」は他動詞、「以」は前置詞です。なのに直後に目的語がありません。文脈から推測されうるために、省略されたのです。

 ちなみに他動詞「聞」の目的語は「王曰国我所有故国内之財皆当帰我也。」つまり「王がほにゃららと言ったこと」ですね。漢文的には、この文のような省略よりも、「之」を使って簡略化するほうが多い且つわかりやすいです。

 で、もう一方の赤線、前置詞「以」の目的語は「王」です。文脈的に王さまが横暴なことを言ったとわかりますから、民が「暴君」とみなしたのはその王のことでしょう。前置詞の目的語の省略は、否定肯定問わず常時盛んに行われますので、そこは注意しましょう。

 

例3:王問此事乎。応曰不知。

訓読:王 我に問ひて曰く「 此の事を知るか。」と。応へて曰く「知らず。」と。

訳:王は私にお前はこのことを知っているか。」と尋ねた。(私は)(私は)(このことを)知りません。」と応答した。

説明:「応曰不知」の四字は、「応曰不知此事。」の省略です。文脈上主語が「我」で明らかなので主語「我」を省略。更に否定文なので「之」すら使わずに、そのまま目的語も省略(漢文の否定文では、目的語「之」はかなりの頻度で省略されます)。結果「応曰不知此事。」→「応曰不知。」=「応曰不知。」となったわけです。

 

補足1:真理を述べるための省略

 漢文では、ものごとの真理などを述べる際にも、主語や目的語を省略します(例1・例2)但し、目的語の省略は否定文のみで、肯定文では形式的な目的語「之」を添えるのが普通です(例2)

 

例1:死則無所悩矣。

訓読:死せば則ち悩む所無し。

訳:死んでしまえば悩むことはなくなる。

説明:これは、特定の「だれそれさん」の話ではなく、普遍的な真理を述べようとした文ですね。このような文では主語を明示すれば普遍的な話ではなくなってしまいます。

 そんなわけで、漢文では普遍的な真理・事実の類を表現したいとき、主語を省いてしまうことが多いです。文に主語は不可欠ではないという言語の特徴を生かし、敢えて主語を欠くことで普遍的な文にできるというわけですな。

 

例2:夫人者知之則驕不知則憂也。

訓読:夫れ人とは、之を知らば則ち驕り、知らずんば則ち憂ふるなり。

訳:そもそも人というのは、知っていれば驕り、知らなければ不安になるのである。

説明:これは「知之」=「知っていれば」と「不知」=「知らなければ」の部分を簡略化・省略しています。具体的に「なにを」知っていればなのか、「なにを」知らなければなのかが表現されていません。

 表現しないことで、「知っている」「知らない」ということの普遍的な性質について述べる文となりえているわけですね。

 なお、肯定文の場合は要注意です。この手の普遍的な文での「之」は、あくまでも形式的に置かれた目的語。実際には特に意味はありませんので。

 

補足2:存現文の動作場所の省略

 「道有人招我於家。[道に人有り我を家に招く。]」「街道積雪如山。[街道に雪積もること山の如し。]」のような存現文では、「人」「雪」など主語の省略はありませんが、「道」「街道」など動作場所の省略が可能です

 

 場所の省略は、文脈上分かっているから省略するというタイプのものもありますが、小説などではむしろ「場所を表現する必要がない」から省略するということも結構あります。

 

 なので場所の省略について言えば、いちいち「なにが省略されているのか」について考えなくても大丈夫です。物語を綴る上で場所は重要でないから書かなかった、ということもざらにありますからね。

 

例1:有人招我於家。

訓読:人有り我を家に招く。

訳:人が現れ私を家に招いた。

説明:「どこに」人が現れたのかを省略した文ですね。実はこの場所を省略した「有-名詞-述語。」の構文は、漢文の小説などではお馴染みの表現です。

場所が描かれない代わりに、新たな登場人物の登場を表現することができますからね。

 

例2:積雪如山。

訓読:雪積もること山の如し。

訳:雪が山のように積もっている。

説明:同じく「どこに」雪が積もるのかを省略した文です。具体的にどこの地域ということもない、漠然とした表現ですね。

 

補足3:省略と他動詞の受動化

 漢文では、主語を省略したり他動詞の目的語を省略したりすることが可能ですが、その言語的特徴のせいか、他動詞がそのまま受け身の意味に変化することもあります

 

例1:漢文古来用於各国。

訓読:漢文古来各国に用ひらる。

訳:漢文は古来各国で使われている。

説明:本来なら「用」は他動詞で「〜を用いる」の意味。ならばその後ろには目的語がなければなりませんが、今回は「用」の対象は主語の「漢文」。このように、@主語が他動詞の対象となっていて、A且つ他動詞の直後に目的語がない場合、他動詞は受動文として「〜る/らる」と訓読されることが多いです。

 

例2:臣諌王則罰故不言矣。 (「臣」は、ここでは代名詞「我」の謙譲語)

訓読:臣 王を諌めば則ち罰せらる、故に言わざるなり。

訳:わたくしが王を諌めれば罰せられます、だから言わないのです。

説明:「罰」は他動詞ですね。「〜を罰する」の意味です。ところがこの文では、誰が何を罰するのかが省略されています。とはいえ、文脈上、だれかが「臣」を罰するということまではわかりますね。なので隠れた目的語は主語「臣」だと言えます。

 @他動詞でありながら文頭の主語を動作対象に持ち、A且つ直後に目的語を持っていない。以上のことからこの文の「罰」は受動文として「罰せらる」と訓読することが可能です。

 

 いかがでしたでしょうか。漢文は、構造は英語に似て、感覚は日本語に似る不思議な言語ですが、今習ったような「他動詞が助動詞も無しにそのまま受け身の意味に変わる」という現象は、英語話者にも日本語話者にも理解し辛いものかもしれません。

 

 なお、このような現象は、実は中国語的にはそんなに不思議ではありません。なにせ、現代中国語でもこの他動詞が勝手に受動の意味になる現象は普通に起きますからね。漢文のこういう日本人にはよく理解できない感覚を身につけたければ、現代中国語の方を一度勉強してみるのもありかもしれません。

 

練習問題1:次の省略された漢文を、訓読・翻訳してみよう。余力があれば、□部分の、省略された単語がなんなのかも考えてみよう。

(1)   □有臣諌王然而王以□為不敬□厳罰之自此群臣為□不敢諌□矣。

(2)   道中有女招我於家女問□曰□将安往□応曰□不知□唯脚所進女聞之大笑。

(3)    言之則疎不言則怒笑則猜不笑疑嗚呼難哉人間也。 疎…〜を疎[うと]む。他動詞なのに目的語がない点に注目したい。 怒…〜に怒[いか]る。日本語と違い、漢文の「怒」は怒りを向ける対象を直後に置くことが多い。つまり他動詞であることが多い。 猜…猜[うたが]ふ。 難…難[かた]し。難しい、の意。 人間[じんかん]…人の世。日本語の人間と違い、漢文の「人間」は人の世。人間の社会のことを言う。

(4)    嗚呼人性難解哉寿則悪之夭則慈之今生者疎已死者親嗚呼何死而後得人心。 性…性[さが]。性質。本性。 難解…解[かい]し難[がた]し。理解し辛い。 寿…[自動詞]寿[いのちなが]し。長寿である。 夭…[自動詞][はやじに]す。若くして死ぬ。夭折[ようせつ]する。 悪…悪[にく]む。嫌悪する。 述語+者…述語する者。名詞となる。 親…[他動詞]〜に親しむ。 而後…而[しか]る後[のち]に。〜した後で。

 

練習問題2:次の書き下し文を、省略された漢文へと復元してみよう。

(1)   人有り男に問ひて曰く「汝嘗て竜を見るか。」と。男応へて曰く「未だ嘗て見ず。」と。人聞きて大いに之を嘲[あざけ]る。

(2)    道に一狼有り我を見るに即ち追ふ。我因りて木に登り、以て此より逃れんと欲す。狼 樹下に及ぶも、登ること能はず、遂に焉[ここ]に退去せり。 此より逃る…逃於此

(3)    之に勝らば則ち恨まれ、勝らずんば則ち侮らる。勝負或いは宜しく避くべきか。 或いは→「或」。副詞。「ひょっとすると」 宜しく〜べし→「宜」。動詞の前に置き、「〜する方がよろしい」の意を表す。品詞はよくわからない。副詞か助動詞か。とにかく動詞の前に置く。

(4)    去らば則ち之を想ひて悲しみ、在らば則ち之を見て恨む。嗚呼人心測り難きかな。 測り難い→「難測」。「難+動詞」で「〜し難い」の意を表す。動詞は自動詞でも他動詞でもいい。

 

 

 

終わりに

 以上で漢文の省略の勉強はおしまいです。

 

 ではまた次回。再見。

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