第十回:前の言葉を指す指示代名詞
こんにちは。造言主です。
今日は、第十回漢文翻訳練習。漢文における指示代名詞を学びます。
指示代名詞は第九回でも扱いましたが、あれはあくまで「ものの位置」に関わるもの。今回のはそれと違って、文脈上の前の言葉を指す指示代名詞を学んでいきます。
前の語を指す指示代名詞って?
文脈上の前の語を指す指示代名詞、などといっても、あまりピンときませんよね?
なのでここできちんと説明しておきます。
前の語を指す、というのは、例えば「彼は内緒で外へ出かけた。彼女はそのことを快く思わなかった」という文の「その」などですね。「その」は別に空間的な物の位置を指しているわけではありません。文脈上の前の部分(ここでは「彼が内緒で外へ出かけた」という部分)を「その」と言い換えているわけです。
英語でいえば「the」や「it」がこれに当たりますね。例えば"I had been hoping to see her cat for a long time,and I accidentally saw it yesterday.I was happy and told my family that the cat was so nice."という文では、it=her cat=the catです。
今回の漢文翻訳練習では、このような、前に話題として出た言葉の代わりに代用できる代名詞を学ぶというわけです。
本編
それでは早速勉強に入ります。
漢文における前の語を受ける指示代名詞は、以下の通りです。
①主格:其 (訳:それが…)
②所有格:其 (訳:その…)
③目的格:之 (訳:これを/これに。 それを/それに。)
①の主格は少々高度な文で使うものなので、今は②と③だけ覚えておいてください。例文も②③のみ提示します。
例文:
客大言壮語曰、「我神也」。我聞之、心甚蔑其客。
訳:客は大言壮語して「私は神だ。」と言った。私はこれを聞いて、心では甚だその客を軽蔑した。
彼与其子財、其娘玉。
訳:彼は自分の子には財産を与え、自分の娘には玉を与えた。
語釈:①曰~…「~[引用文]」と言った ②心+思考動作を表す動詞…心中~する。 ③蔑…蔑[さげす]む。軽蔑する。
二つ目の例文では、「其」は「彼」を指します。これまで、練習問題などの語釈で、「其」=「自分の」としてきましたが、あれは正確ではありません。「其」はあくまで前の語を指す言葉。だから文脈から結果的に「自分の」という意味を表すことがあるに過ぎません。
やや応用:
因みに③の「之」は前の語のみならず、これから出て来る文を指すこともできます(といっても、私は「我聞之…」の構文に何回か出くわしたくらいなので、どこまで一般化している用法かは分かりませんが。例文は私の自作ですよ)。
例:我聞之:驕者之栄不久、如春夜之夢。
訳:私はこのように聞いています:驕れる者の栄光は長くなく、春の夜の夢のようだ、と。
語釈:①動詞+者…~する者。 ②栄…栄[さか]え。栄光。繁栄。 ③如~…~のようだ。「如」は動詞。
これら前の語を指す指示代名詞は、漢文では相当程度に多用されます。漢文の基本ですので、しっかり身につけ、使いこなせるようになりましょう。応用の方は、滅多に見かけないので、参考程度に留めていいです。
練習問題
説明は以上で終わり。
ここからは例の如く(例の如くは「いつものように」の意味です)、漢文を日本語にする練習と日本語を漢文にする練習をします。
練習1:次の漢文を日本語に翻訳してみよう。
(1)彼見貧人、輒嘲之曰「汚」。我不好其言動。
(2)我見美猫。其猫頻鳴而求食。我慈之、与之魚。
(3)我知之:人非神、神亦非人。
(4)我思之:神不実在、故祈常不届。
語釈:①~、輒…→~すると、そのたびに…する。 ②嘲~→~を嘲る。嘲笑する。 ③曰「~」→「~」と言う。 ④頻→頻[しき]りに。 ⑤而→而[しか]して。そして。英語のandに当たる言葉。 ⑥食→食物。 ⑦慈→慈しむ。 ⑧~亦→~も亦[ま]た ⑨常→常に。いつも。
練習2:次の日本語を漢文に翻訳してみよう。
(1)私は昨日美しい女を見た。その女は私を見ると、即座に去った。私はこれを不快に思った。
(2)お前はいつも人を嘲笑う。人は皆これを嫌悪している。
(3)私は以下のことを聞いています:人は万物の霊長であり、獅子は百獣の王であると。
(4)彼は以下のことを信じている:神が万物を造り、人は最も神に近いということを。
語釈:①~すると、即座に…する→~、即…。 ②~を不快に思う→不快~ ③いつも→常 ④~を嘲笑う→嘲~/嘲笑~。 ⑤~を嫌悪する→悪~/嫌悪~。
今日の漢文翻訳練習はここまで。それでは御機嫌よう。
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