句法第一:名詞句
みなさん、お久しぶりです。
今回からは、文単位のルールではなく、句単位のルール、すなわち「句法」について勉強していきます。
なお、当サイトで言う「句法」やら「文法」やらという言葉は、当サイトでしか通用しない勝手な造語です。その辺はご注意ください。
句法
漢文には四つの「句」があります。一つは「名詞句」、一つは「副詞句」、一つは「形容詞句」、一つは「前置詞句」です。
以後、漢文の句法について明らかにしたいと思います。
句法第一名詞句
1.名詞句の用法概略
名詞句は、その用法はおおむね名詞と同じです。なので名詞句は名詞同様に、主語にも目的語にもなれるし、また主題にもなれます。
2.名詞句になりうるもの
名詞句になりうるものは三つあります。一つは名詞、一つは述語、一つは文です。漢文では、述語や文はなにも手を加えずとも、そのまま名詞句として主語や目的語や主題になれます。
以下、具体例を挙げていきます。特に、赤字のところに注目していってください。甲は名詞句が主語となっている文、乙は名詞句が目的語となっている文、丙は名詞句が主題となっている文です。
① 名詞が名詞句になる例
(甲)我倭人也。
訓読:我 倭人なり。
翻訳:私は倭人である。
解説:「我」は名詞で、この文の主語。
(乙)我嘗見国王。
訓読:我嘗て国王に見ゆ。
翻訳:私は嘗て国王に会った。
解説:「国王」は名詞で、この文の目的語。
(丙)倭国大王謂之天皇。
訓読:倭国の大王は之を天皇と謂ふ。
翻訳:倭国の大王は、天皇と謂う。
解説:「倭国大王」は名詞で、この文の主題。
② 述語が名詞句になる例
(甲)能為之而不為是悪乎。
訓読:能く之を為すに為さざるは是悪か。
翻訳:できるのにしないのは、これは悪か。
解説:「能為之而不為」は、「できるのにしないこと」という意味の名詞句で、述語「できるのにしない」が名詞句と化したもの。この文では、「能為之而不為」は文の主語として機能しています。
(乙)誰知将被虐而不避也。
訓読:誰か将に虐げられんとするを知りて避けざらんや。
翻訳:誰が虐げられようとしているのを知りながら(これを)避けないだろうか、いや、みな避けるものだ。
解説:「将被虐」は、「虐げられようとしていること」の意の名詞句で、述語「虐げられようとしている」が名詞句と化したもの。この文では、他動詞「知」の直後にあるので、「知」の目的語と判断できます。
(丙)君主而善治国謂之名君。
訓読:君主にして善く国を治むるは之を名君と謂ふ。
翻訳:君主でありながら上手に国を治めるのは、名君と謂う。
解説:「君主而善治国」は、「君主でありながら上手に国を治めること/もの」という意味の名詞句で、述語「君主でありながら上手に国を治める」が名詞句となったもの。この文では、「A謂之B」構文の「A」の位置にあることから、文の主題として機能していると分かります。
③ 文が名詞句になる例
(甲)人能為之而不為是悪乎。
訓読:人の能く之を為すに為さざるは是悪か。
翻訳:人ができるのにしないのはこれ悪か。
解説:「人能為之而不為」は、「人ができるのにしないこと」の意の名詞句で、文「人はできるのにしない。」がそのまま名詞句となったもの。この文では、主語の位置にあるから主語とわかります。
(乙)誰知人将虐己而不避。
訓読:誰か人の将に己を虐げんとするを知りて避けざらん。
翻訳:誰が、人が自分を虐げようとしているのを知りながら避けないだろうか、いや、避けるのが普通だ。
解説:「人将虐己」は、「人が自分を虐げようとしていること」という意味の名詞句で、文「人は自分を虐げようとしている。」が名詞句に転じたもの。他動詞「知」の直後にあるので、「知」の目的語として機能していると分かります。
(丙)君善治国謂之良国乎。
訓読:君の善く国を治むは之を良き国と謂ふか。
翻訳:君主が上手く国を治めているのはよい国と謂うか?
解説:「君善治国」は「君主が上手く国を治めていること/もの」の意で、文「君善治国」=「君主は上手く国を治めている。」がそのまま名詞句になったもの。「A謂之B」構文の「A」として使われているから、文の主題として機能しているとわかります。
練習問題1:次の漢文を書き下し、日本語に翻訳してみよう。また、次の漢文のうち、述語や文が名詞句になった部分を抜き出してみよう。
(1)我嘗見大国敗而為小国。
(2)王唯恐為人所殺耳。
(3)以害人為快楽俗謂之悪。
(4)王暴而虐民謂之暴君。
(5)能為之而不為是怠惰也。
練習問題2:次の書き下し文を漢文に復元してみよう。
(1)汝 我が国の嘗て大いに栄ふるを知るか?
(2)人の過つを見て之を嘲るは、丈夫の行ひに非ず。
(3)徳を知りて之を為さざるは、何ぞや?
(4)能く之を為すに為さざるは、俗 之を怠惰と謂ふ。
(5)我唯だ人に疑はれんことを恐れしのみ。
補足
1. 「之」の挿入
主語を持つ文が名詞句となった場合、「之」の字を主語の後ろに挿入することができます。「之」が入ると、名詞句であることを明示できるので、読み手側は読みやすくなります。意味上の変化は特にありません。
簡略図
文:主語-述語。 主語が述語。
↓
名詞句になると?
↓
①主語-述語。
②主語-之-述語。
訓読:主語の述語(述語は連体形に変える)。
翻訳:主語が述語こと/もの/の。
備考:訓読・翻訳は①②で違いなし。
具体例
(甲)人能為之而不為是悪乎。
→人之能為之而不為是悪乎。
訓読:人の能く之を為すに為さざるは是悪か。
翻訳:人ができるのにしないのはこれ悪か。
解説:実は訓読と翻訳は「之」があってもなくても同じ。以下、乙、丙もこれに倣います。
(乙)誰知人将虐己而不避。
→誰知人之将虐己而不避。
訓読:誰か人の将に己を虐げんとするを知りて避けざらん。
翻訳:誰が、人が自分を虐げようとしているのを知りながら避けないだろうか、いや、避けるのが普通だ。
(丙)君善治国謂之良国乎。
→君之善治国謂之良国乎。
訓読:君の善く国を治むは之を良き国と謂ふか。
翻訳:君主が上手く国を治めているのはよい国と謂うか?
練習問題3:次の漢文を書き下し、日本語に翻訳してみよう。また、次の漢文のうち、述語や文が名詞句になった部分を抜き出してみよう。
(1)我嘗見大国之敗而為小国。
(2)王唯恐己之為人所殺耳。
(3)人之以害人為快楽俗謂之悪。
(4)王之暴而虐民謂之暴君。
(5)人之能為之而不為是怠惰也。
練習問題4:次の書き下し文を漢文に復元してみよう。但し、文が名詞句化した部分については、主語の直後に「之」の字を挿入すること。
(1)汝 我が国の嘗て大いに栄ふるを知るか?
(2)人の過つを見て之を嘲るは、丈夫の行ひに非ず。
(3)世の人の徳を知りて之を為さざるは、何ぞや?
(4)人の能く之を為すに為さざるは、俗 之を怠惰と謂ふ。
(5)我唯だ己の人に疑はれんことを恐れしのみ。
2. 「其」名詞句
「其」の字は名詞句の主語となることができます。但しこの際は、「其」の字の直後に「之」の字は置くことができません。
簡略図
文:主語-述語。
↓
「其」を主語とする名詞句にすると?
↓
○:其-述語。
×:其-之-述語。
○の訓読:其の述語(述語は連体形)。
○の翻訳:その人/それが述語こと/もの/の。
備考:「其」は名詞句でのみ主語になりえます。つまり「其」が主語として使われている時点でそれは名詞句であることが確定します。おそらくはこれが理由で「之」が使われえないのでしょう。つまり、「之」は名詞句であることを明示するために入れられる言葉ですが、「其」を主語とする文では最初から名詞句であることが確定しているので、「之」が使われる余地がないのです。
具体例
(甲)
○:其能為之而不為是悪乎。
×:其之能為之而不為是悪乎。
○の訓読:其の能く之を為すに為さざるは是悪か。
○の翻訳:その人ができるのにしないのは、これは悪か。
(乙)
○:誰知其将虐己而不避。
×:誰知其之将虐己而不避。
○の訓読:誰か其の将に己を虐げんとするを知りて避けざらん。
○の翻訳:誰が、その人が自分を虐げようとしているのを知りながら避けないだろうか、いや、当然避けよう。
(丙)
○:其善治国謂之良国乎。
×:其之善治国謂之良国乎。
○の訓読:其の善く国を治むるは之を良き国と謂ふか。
○の翻訳:そのものが上手く国を治めているのは、よい国と謂うか。
練習問題5:次の漢文を書き下し、日本語に翻訳してみよう。また、次の漢文のうち、述語や文が名詞句になった部分を抜き出してみよう。
(1)我嘗見其敗而為小国。
(2)王唯恐其為人所殺耳。
(3)其以害人為快楽俗謂之悪。
(4)其暴而虐民謂之暴君。
(5)其能為之而不為是怠惰也。
練習問題6:次の書き下し文を漢文に復元してみよう。但し、文が名詞句化した部分については、主語の部分を「其」の字に置き換えること(むろん、それによって文意は変わりますが、あくまで構造理解のための練習ですので問題ありません)。
(1)汝 我が国の嘗て大いに栄ふるを知るか?
(2)人の過つを見て之を嘲るは、丈夫の行ひに非ず。
(3)世の人の徳を知りて之を為さざるは、何ぞや?
(4)人の能く之を為すに為さざるは、俗 之を怠惰と謂ふ。
(5)我唯だ己の人に疑はれんことを恐れしのみ。
3. 「者」名詞句
漢文では、「者」の字は名詞句を作ることができます。その用法・意味はおおむね「之人」「之物」と同じです。「者」の述語は必ず「者」の字の前に置く必要があります。また、「者」の字は直前の述語の主語としての機能を有します。
簡略図
名詞句:述語-之人/述語-之物。
↓
「者」を用いた名詞句に変えると?
↓
名詞句:述語-者。
訓読:述語(連体形)者。
翻訳:述語(連体形)もの。
具体例
殺人之人処之死罪。=殺人者処之死罪。
左文訓読:人を殺すの人は之を死罪に処す。
右文訓読:人を殺す者は之を死罪に処す。
左文翻訳:人を殺した人については、死罪に処することとする。
右文翻訳:人を殺した者については、死罪に処することとする。
嗚呼国王咎人殺獣襲人之物乎。=嗚呼国王咎人殺獣襲人者乎。
左文訓読:嗚呼、国王 人の獣の人を襲ふの物を殺すを咎むるか。
右文訓読:嗚呼、国王 人の獣の人を襲ふ者を殺すを咎むるか。
左文翻訳:ああ、国王は、人が獣のうちの人を襲ったものを殺すことを咎めるのか。
右文翻訳:ああ、国王は、人が獣のうちの人を襲った者を殺すことを咎めるのか。
解説:なお、この文における「獣襲人者」「獣襲人之物」は「同格」表現です。「獣」と「襲人者」「襲人之物」はどちらも他動詞「殺」の目的語で、「襲人者」「襲人之物」は「獣」をより具体的に言い換えたもの。同格についてはそのうち文法の項に付け足すつもりでいるので、詳しい話はそちらに譲ることにしたいと思います。
練習問題7:次の漢文を、書き下し、日本語に翻訳してみよう。
(1)王治国者也。
(2)我嘗見殺人者。
(3)以武制国者謂之覇王。
(4)在倭国者曰倭人。(主曰A 主語はAと曰[い]ふ。)
練習問題8:次の書き下し文を、漢文に復元してみよう。
(1)我 人の不幸を嘲る者を憎む。
(2)己の正しきを妄りに信じて疑はざる者は、諭すべからず。
(3)中国に在る者は、中国人なり。
(4)彼の王は将に我が国を滅ぼさんとする者なり。
4. 者の補語用法
「者」の字は述語の直後について補語を導くこともできます。ただし、これはあまり使われないので、漢作文としては当サイトでは極力採用しません。
簡略図
文:主語-述語-補語。
↓
「者」を入れて同じ意味の文を作ると?
↓
文:主語-述語-者-補語。
訓読:主語 述語(連体形)者[こと]補語。
翻訳:主語は補語 述語。
例外(これは慣用表現とした方がいいかも?)
文:主語-述語-数詞-遍。
↓
「者」を入れて同じ意味の文を作ると?
↓
文:主語-述語-者-数詞。(「遍」の字が消える。)
訓読:主語 述語する者[こと]数詞-たび。
翻訳:主語は数詞回 述語する。
具体例
山高三千里。=山高者三千里。
左文訓読:山高きこと三千里なり。
右文訓読:山高き者[こと]三千里なり。
左右翻訳:山は三千里ほどの高さである。
解説:文法第五で学んだように、漢文では述語の直後に「数詞+数量詞」をつけることで補語を導くことが可能。なので実は「者」の字はあってもなくても意味は変わりませんし、実際漢文でも補語を導く「者」はそんなに使われないのですが、頭の片隅に入れておいても損はないかと思います。
例外の具体例
我読此書百遍。=我読此書者百。
左文訓読:我 此の書を読むこと百遍なり。
右文訓読:我 此の書を読む者[こと]百たびなり。
左右翻訳:私はこの本を百回読んだ。
解説:本来、漢文では、動作回数を表したい場合は数詞を副詞として動詞の前につけるか(これはまだ習っていません。あとで勉強する予定です)、「漢数字+遍」を補語として述語の直後につけるかですが、「述語+者+漢数字」だと「遍」の字は不要になるようです。これは決まり文句というべきかもしれません。
5. 「所」名詞句
漢文では、「所」の字も名詞句を作ることができます。今、これを所名詞句と命名します。所名詞句は、必ず以下のような形となります。
簡略図:「所」を用いた名詞句の型
漢文:名詞-(之)-所-述語-(者)。
訓読:名詞の述語する所(の者)。
翻訳:名詞が述語すること。
解説:この時、「名詞」は「述語」の主語であり、「所」は「述語」の目的語であり(たいていの場合、述語は「他動詞」)、「所」は主語と述語により修飾されています。「所」は「述語」の動作対象となる「ひと/もの/こと」の意味です。
なお、「之」「者」の二字は省略可能。「之」はあってもなくても訓読・翻訳ともに意味に変化なし。「者」は、あれば訓読に変化がありますが、翻訳には変化はないままです。
具体例
例1
我之所愛者=我之所愛=我所愛者=我所愛
訓読:我の愛する所の者=我の愛する所=我の愛する所の者=我の愛する所
翻訳:私が愛すること/もの/ひと(四つ全部同じ訳になる。)
解説:「我[わたし]」は「愛[愛する]」の主語で、「所[こと/もの/ひと]」は他動詞「愛[愛する]」の目的語となっていて、「所[こと/もの/ひと]」はまた意味的に主語「我」と述語「愛」により修飾されています(我が愛する-こと/もの/ひと)。そして「所」=「こと/もの/ひと」は「我が愛する」対象物となっていますね。漢作文を行う時は、この辺の関係はちゃんと意識するようにしてくださいね。
例2
汝之所知者=汝之所知=汝所知者=汝所知
訓読:汝の知る所の者=汝の知る所=汝の知る所の者=汝の知る所
翻訳:お前が知っていること/もの/ひと(四つ全部同じ翻訳になる)
解説:「汝」は述語「知」の主語、「所」は述語中の他動詞「知」の目的語となっていて、そして「所」は意味的に主語「汝」と述語「知」によって修飾されているので、型通りの形となっていることが分かります。
例3
王之所常憂者=王之所常憂=王所常憂者=王所常憂
訓読:王の常に憂ふる所の者=王の常に憂ふる所=王の常に憂ふる所の者=王の常に憂ふる所
翻訳:王がいつも心配していること/もの/ひと(四つみな同義の翻訳となる)
解説:「王」は述語「常憂」の主語、「所」は述語中の他動詞「憂」の目的語、そして「所」は意味的に主語「王」と述語「常憂」に修飾されて「王が常に憂える-こと/もの/ひと」の意味になっているので、型通りとなっていることが分かります。
練習問題9:次の漢文を書き下し、翻訳してみよう。
(1)我所願者天下太平。 天下太平…天下が太平(=平和)であること。
(2)国王賢愚人常所憂。 賢愚…賢いか愚かか。
(3)汝之所欲之者何也? 何也…何[なん]ぞや。なんだ?なにか?
(4)我欲知汝之所願耳。 耳…ここでは、断定「のだ」の意味。読みは「のみ」。
練習問題10:次の書き下し文を、漢文に直してみよう。
(1)王の願ふ所の者は、国の安寧なり。 「国の安寧」→「国之安寧」
(2)倭国は是れ倭人の住む所なり。 「Aは是れBなり。」→「A是B」
(3)愚王の治むる所の者は、恐らくは皆将に亡ばんとせん。
(4)朕は唯だ民の恨む所を知らんと欲するのみ。
補足1:「名詞-之」の省略。
「名詞-之-所-述語-者」のうち、「名詞-之」の部分は省略が可能。但しこの時は、翻訳する際にも主語の部分の意味が欠けることになります。
なお、「名詞-之」を省略する場合にも、「者」の字は省略可能。「者」を省略した場合は、訓読に影響を与えるばかり(「の者」が付け足される)で、翻訳には影響を与えません。
例1
所愛者=所愛
訓読:愛する所の者=愛する所
翻訳:愛すること/もの/ひと
解説:主語の部分が抜けているので、誰が愛すること/もの/ひとなのかは分かりません。けれど漢文では、主語は文脈から推測可能な時はよく省きますし、また一般論や真理など普遍的な話をしたいときにも省略されます。だからこれは不完全な形というわけではなく、一種の表現方法として覚えておくべきものかと思います。
例2
所知者=所知
訓読:知る所の者=知る所
翻訳:知っていること/もの/ひと
解説:同じく誰が知っていることなのかが明示されていない名詞句となっています。
例3
所常憂者=所常憂
訓読:常に憂ふる所の者=常に憂ふる所
翻訳:いつも心配していること/もの/ひと
解説:これも同じ。誰がいつも心配していることであるのかについて言及がない名詞句となっています。
練習問題11:次の漢文を書き下し、翻訳してみよう。
(1)所願者天下太平。 天下太平…天下が太平(=平和)であること。
(2)国王賢愚常所憂也。 賢愚…賢いか愚かか。
(3)所欲之者何也? 何也…何[なん]ぞや。なんだ?なにか?
(4)欲知所願耳。 耳…ここでは、断定「のだ」の意味。読みは「のみ」。
練習問題12:次の書き下し文を、漢文に直してみよう。
(1)願ふ所の者は、国の安寧なり。 「国の安寧」→「国之安寧」
(2)村落は是れ集ひて住む所なり。 「集ひて住む」→「集而住」
(3)治むる所の者は、恐らくは皆将に亡ばんとせん。
(4)朕は唯だ恨む所を知らんと欲するのみ。
補足2:所が述語中の前置詞の目的語となっている例
漢文では、目的語とは、①他動詞の目的語と②前置詞の目的語、の二通りがあります。
なので「所」の字も、前置詞の目的語となることができます。今まで挙げてきた例文は、みな「所」が他動詞の目的語となっている例でした。
今回は、下に「所」の字が前置詞の目的語となっている例を挙げたいと思います。
簡略図
(下の図において、「前置詞-動詞句」=「述語」部分である。だから今までやってた所名詞句と本質的な違いはない。)
漢文:名詞-(之)-所-前置詞-動詞句-(者)
訓読:名詞の前置詞-動詞句する所(の者)
翻訳:名詞が前置詞-動詞句すること/もの/ひと/ばしょ/りゆう/しゅだん/どうぐ
解説:前置詞には、理由や場所を指定するものが多いので、その関係で「所」の意味も「ばしょ」「りゆう」「しゅだん」「どうぐ」といった意味が加わることになる。まぁ「ばしょ」「りゆう」「しゅだん」「どうぐ」は文脈的にそう訳した方が分かり易いというだけで、原則的な訳し方ではない。
また、「動詞句」の部分は、①「自動詞」、②「他動詞-目的語」、③「他動詞-目的語1-目的語2」の三通りが考えられる。
比較用:通常の所名詞句の簡略図
漢文:名詞-(之)-所-述語-(者)。
訓読:名詞の述語する所(の者)。
翻訳:名詞が述語すること。
解説:ご覧の通り、単に「述語」の部分が「前置詞-動詞句」にばらけただけである。というか、所名詞句は例外なくすべてこの文型なのだが、「前置詞-動詞句」は分かり辛いので、特別にピックアップして取り上げたに過ぎない。
具体例
例1:
我之所自生者=我之所自生=我所自生者=我所自生
訓読:我のよりて生まるる所の者=我のよりて生まるる所=我のよりて生まるる所の者=我のよりて生まるる所
翻訳:私が生まれたばしょ
解説:「我(わたし)」は述語「自生(~から生まれる)」の主語で、「所(ところ」は述語中の前置詞「~から」の目的語となっています。そして「所」は、主語「我(わたし)」と述語「自生(~から生まれる)」に修飾されているので名詞句の意味は「私が生まれるところ/ひと」といった意味になります。
日本語では「私がから生まれた場所」などと言いませんので、前置詞「自」の訳「から」に当たる部分は省きました。漢文と日本語では、この文型では言語システム上の違いがあるため、非常に訳し辛いですね。
例2
汝之所以殺人者=汝之所以殺人=汝所以殺人者=汝所以殺人
訓読:汝の以て人を殺す所の者=汝の以て人を殺す所=汝以て人を殺す所の者=汝の以て人を殺す所
翻訳:お前が人を殺すりゆう/しゅだん/どうぐ
解説:「汝(お前)」は述語「以殺人(~でもって人を殺す)」の主語。「所(りゆう/しゅだん/どうぐ)」は述語の中にある前置詞「以」の目的語です。「所」は主語「汝」と述語「以殺人」に修飾されていますので、「お前が人を殺す-りゆう/しゅだん/どうぐ」といった意味になります。
これも日本語で「お前がでもって人を殺すりゆう/しゅだん/どうぐ」なんて言わないことから、前置詞部分の訳「でもって」は日本語訳としては省かなければなりません。言語システムが違うとは厄介ですね。
注意!:なお、「所以~(者)」は、「~する所以[ゆゑん](の者)」と読むこともあります。当サイトでは、理由を表す場合に限って、特別に「所以」を「ゆゑん」と読むことにしています。
例3:この例の訓読が「(於いて)」となってる点については、注意を!参照。
朕之所於王者=朕之所於王=朕所於王者=朕所於王
訓読:朕の(於いて)王たる所の者=朕の(於いて)王たる所=朕の(於いて)王たる所の者=朕の(於いて)王たる所
翻訳:朕が王であるばしょ
解説:「朕(皇帝が使う『わたし』の意の言葉)」は述語「於王(~において王である)」の主語であり、「所(ばしょ)」は述語中の前置詞「於(~において)」の目的語。所は主語「朕」と述語「於王」に修飾されていますので、「朕が王である-ばしょ」の意味になりますね。
より厳密に訳せば「朕がにおいて王であるばしょ」ですが、日本語的に「において」の部分はムリがありますので、日本語訳ではそこは省きましょう。
注意!:漢文では、実は「所於…」は「於いて…する所」とは読まない。慣習として、「於いて」の部分を省いて「…する所」と言います。故に上の文も、書き下し文としては、正しくは「朕の王たる所の者=朕の王たる所=朕の王たる所の者=朕の王たる所」となります。
上の例で「(於いて)」としたのは、あくまで説明の便宜を図るためなので、そこは注意してください。以下、括弧付きの「於いて」はいずれも同様の理由によります。
なお、所の字が前置詞の目的語となっている場合でも、やはり「名詞-之」の部分は省くことが可能です。
例1
所自生者=所自生
訓読:よりて生まるる所の者=よりて生まるる所
翻訳:生まれたばしょ
例2
所以殺人者=所以殺人
訓読:以て人を殺す所の者=以て人を殺す所
翻訳:人を殺すりゆう/しゅだん/どうぐ
例3
所於王者=所於王
訓読:(於いて)王たる所の者=(於いて)王たる所
翻訳:王であるばしょ
練習問題13:次の漢文を書き下し、日本語に翻訳してみよう。
(1)倭人皆不知其所自来者也。
(2)汝之所以悪其王何也? 所以…ここでは、理由を表す。何也?…何ぞや?
(3)所以放矢謂之弓。 放矢…矢を放つ。
(4)我無所於帰者故放浪焉。 故…故に。だから。 焉…断定「のだ」の意味。
練習問題14:次の書き下し文を、漢文に復元してみよう。
(1)生まるる所の者は之を故郷と謂ふ。
(2)汝に問ふ、「妄りに之を信ずる所以は、何ぞや?」と。
(3)金印は、古の大王の以て臣と為す所なり。
(4)倭人の言語は、其のよりて出づる所 未だ明らかならず。
終わりに
以上で、漢文における「名詞句」についての勉強はおしまいです。
具体例や練習問題をいろいろ出しているせいで、だんだん混乱してくる人もあるかもしれませんが、言っていることは割と簡単。こんなことです。
①漢文の名詞句には、名詞と述語と文があるよ!
②名詞句は、名詞と同じで主語・目的語・主題になれるよ!
②述語と文は、特別何もしなくても、主語とか目的語とか主題とかの語順の位置に置かれれば勝手に名詞句になるよ!
③主語を「其」としたり、主語の直後に「之」の字がついたら、名詞句になったって確信できるよ!やったね!
④その他、特殊な名詞句としては、「者」の字を使った名詞句と、「所」の字を使った名詞句とがあるヨ!使い方をしっかり学ぼうね!
と言った感じです。
なお、漢文の「名詞句」は、「所」を用いた名詞句が漢文随一の複雑さを誇っているので難しいと感じられるかもしれません。システム的に、英語の関係代名詞に似たものとなっているので、日本人泣かせの文型と言えるかと思います。日本語にはないシステムなのですから致し方ないですね。
今回の説明でも、「所」や「者」の作り方みたいなものはしっくりこなかったかもしれません。まぁこの二つについては、時間のあるときに作文練習的なものをそのうちやってみようかと考えています。
ともあれ、今回はこの辺で。再見。
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- 文法第三:前置詞句
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- 文法第三練習問題解答
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- 文法第四:助動詞
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- 文法第四練習問題解答
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- 文法第五:補語
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- 文法第五練習問題
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- 文法第六:兼語動詞
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- 文法第六練習解答
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- 文法第七:終助詞
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- 文法第七練習解答
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- 文法第八:接続詞
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- 文法第八練習解答
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- 文法第九:複主構文
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- 文法第九練習解答
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- 文法第十:否定倒置
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- 文法第十練習解答
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- 文法第十一:疑問倒置
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- 文法第十一練習解答
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- 文法第十二:存現倒置
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- 文法第十二練習解答
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- 文法第十三:感嘆倒置
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- 文法第十三練習解答
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- 文法第十四:強調倒置
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- 文法第十四練習解答
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- 文法第十五:主題構文
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- 文法第十五練習解答
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- 文法第十六:省略
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- 文法第十六練習解答
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- 句法第一練習解答
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- 句法第二:形容詞句
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- 句法第二練習解答
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- 詞法第一:数詞
- 今回は、数詞について学びます。
- 詞法第二:疑問詞
- 漢文における疑問詞について説明します。
- 語法
- 今回は漢文の語法について勉強します。
- 超速理解漢文法 閉講
- 超速理解漢文法もこれにて終了。終わりの挨拶をして、幕を閉じたいと思います。