超速理解漢文法 文法第五:補語
みなさんこんにちは。
今回は、漢文の「補語」について勉強します。
補語とは?
漢文には「補語」があります。漢文において、「補語」とは述語の意味を補足するもののことを言います(※)。日本語文法における補語とも英語文法における補語とも別物なので、そこは注意してください。
※但し、日本では伝統的に漢文を国語として捉えているため、多くの漢文の解説書においては、日本語文法に基づいた文法解析をしてしまっているのが実情です。当サイトでは漢文は古漢語=古代中国語として捉えていますので、現代中国語に近いやり方で文法の説明をするようにしています。
補語の挿入位置
漢文の補語は、基本文型に挿入することができます。挿入箇所は、一か所だけ。すなわち「文尾」です。基本文型を交えて説明すると、以下のようになりますね。
文型:主語-述語-補語。
なお、文尾と言えば前置詞句も挿入可能ですが、前置詞句があるときは前置詞句が前、補語が後。つまり、以下のような語順となります。
文型:主語-述語-前置詞句-補語。
おおまかな説明は以上の通りです。以下、具体的な例文を見て行きましょう。
具体例
おおまかな説明は以上の通りです。以下、具体的な例文を見て行きましょう。
例1:我為国王(於此国)五十年。(「主語-述語-(前置詞句)-補語」)
訓読:我(此の国に)国王為ること五十年なり。
訳:私は五十年間(この国で)国王である。
例2:山高千里。(「主語-述語-補語」)
訓読:山は高きこと千里なり。
訳:山は千里高い。=山は千里の高さである。
例3:我渡海三千里。(「主語-述語-補語」)
訓読:我海を渡ること三千里なり。
訳:私は海を三千里渡った。
例4:我教人仁(以論語)三千人。(「主語-述語-(前置詞句)-補語」)
訓読:我人に仁を教ふるに(論語を以てする)こと三千人なり。
訳:私は三千人(論語でもって)人に仁を教えた。=私は人三千人に論語でもって仁を教えた。
例5:国王与之銭十余万。(「主語-述語-補語。」)
訓読:国王 之に銭を与ふること十余万。
訳:国王は これに銭を十万余り与えた。
例1~例4をご覧ください。補語の部分には、尽く「五十」「千」「三千」などの数を表す言葉=「数詞」がついていますね。そしてその後ろには、「年」「里」「人」などの量を表す言葉=「量詞」がついています。
このように漢文の補語は、普通「数詞+量詞」で構成されているものなのです。(参:ちなみに、漢文の補語は訓読では「~こと数詞+量詞(なり)」とします。)
もっとも、金銭のように、数字だけ言えば意味が十分となるものの場合は、例5のように量詞がない、ということもあります。数詞だけの補語の例もあるということですね。
いずれにせよ、補語は「数詞」が中心的な役割を果たすということです。
ところが、時に補語には、数詞を全く使わない、文の「述語」で構成されたものも出てきます。以下、それぞれの例の「説明:」のところにも目を通しながら読んで行ってください。
例5:我盾堅不可貫。
訓読:我が盾は堅く貫くべからず。
訳:私の盾は堅く貫くことができない。
説明:ご覧の通り、述語「堅」を更に詳しく言ったものが補語「不可貫」です。
漢文の構造と数量補語の訓読方法に照らして考えれば、普通「我が盾堅きこと貫くべからず。」とするべきですし、訳も「私の盾は貫けないほどに堅い。」となるはずですが、我々日本人的にはこの文、「我盾堅、不可貫。」と区切りますよね?
その日本人的感覚のせいで、訓読は「堅く貫くべからず」となり、訳も「堅く貫くことができない」とせざるを得ないわけです。
実際、私が学生の頃も「堅きこと貫くべからず。」のように漢文よりの訓読・訳をつける教授や先輩にはお目にかかれませんでした。訓読はあくまで、日本語として読む技術ですからね。日本人の言語感覚にひっぱられるのもやむを得ないというわけです。
例6:女頗悪虫不能直視。
訓読:女頗る虫を悪み直視する能はず。
訳:女はとても虫が嫌いで、直視することができない。
説明:この文も、我々日本人的には「女頗悪虫、不能直視。」と二文に分け、「女頗る虫を悪[にく]み、直視する能はず」と訓読する方が自然です。学校関係の訓読などでは、やはりこの二文に分ける解釈が一般的なので無難と言えます。
まぁ漢文の構造に照らして考えれば、「女頗る虫を悪むこと直視する能はず。」とし、「女は直視することができないほどにとても虫が嫌いである。」としてもいい気がするのですけどね。前例がないので不平を述べるにとどめておきます。
練習問題1:次の補語を含む漢文を、訓読・翻訳してみよう。
(1)我東征国六十六国。 東…訓「東のかた」。訳「東へ」。
(2)王已誅忠臣八人。 誅…罰として殺す。
(3)日月経一万年。 日月…月日。歳月。 経…訳「[自動詞]時間が経つ。」
(4)同胞皆死無一人帰。 同胞…仲間。
練習問題2:次の書き下し文を、補語を含む漢文へと復元してみよう。
(1)駿馬一日行くこと千里なり。
(2)大王 財を集むること数百万。
(3)賊 我が民を戮[ころ]し挙げて数ふべからず。
(4)人生くること五十年。
おまけ:例5・例6のような解釈について
ちなみに例5・例6のような、複文と判断すべきか程度と判断すべきかで迷う文なら、実は英語にもあります。
すなわち、俗にいう「so that構文」です。「So … that ~」で構成される英語の構文は、①「~ほどにとても…」という訳し方と、②「とても…ので~」という訳し方の二通りがあります。以下の例文を読んでみましょう。
例:He was so tired that he was unable to walk any more.
訳1:彼はこれ以上歩けないほどにとても疲れていた。
訳2:彼はとても疲れていたので、これ以上歩けなかった。
これなどはもう、完全に漢文の補語と同じ現象ですよね。後ろの文が前の文の程度を表していると解釈するか、それとも前の文が後ろの文の理由を表していると解釈するのか。そんな違いです。
上の文を試みに漢文に直すと、以下のようになります。まぁ読み比べてみて、解釈の違いでしかないということを実感していただければと思います。
例:男甚疲不可更行。
(訓読1:男甚だ疲るること更に行くべからず。)左、こんな訓読は実際にはなされていないのが実情。
訓読2:男甚だ疲れ、更に行くべからず。
しかし程度と理由って…全然違うじゃないか!そう思っている人も多いかもしれませんね。ですがこの問題は、言語の本質を考えるとかなり些末な問題だったりします。
そもそも言語とは、元来、情報・イメージを音・文字という形で抽象・暗号化したものに過ぎません。故に、文という暗号を解いた結果得られる映像や情報が同じであれば、どういう解釈が間違いということもないはずです。
上に挙げた英語の例文で考えてみましょうか。「彼はとても疲れていた」「彼はもう歩けなかった。」文を読んだ結果映像として流れるのは、疲れきった男の姿と、それ以降歩けない男の姿、ただそれだけです。
そして日本語訳の「これ以上歩けないほどにとても疲れていた」「とても疲れていたので、これ以上歩けなかった」ですが、これも映像としては同じですよね?疲れ切った男と疲労で歩けない男が順番に出て来るだけです。
言葉だけ見れば一見全く別に見える解釈も、映像として見れば同じ。そんなカラクリがあったりするのでした。まる。
参考:名詞述語文と補語
実は、私は未だ名詞述語文が補語を持つ例を見たことがありません。なので漢文の作文をする際には、私個人的には「主語-名詞-補語-(也)。」の文は、「主語-為-名詞-補語。」という他動詞述語文に組み替えることをお勧めします。
「為[タ-リ]」は、他動詞で「~である」の意味を表します。助動詞のところでも参考で勉強しましたね。
例1:我国王於此国五十年→我為国王於此国五十年
訓読:我 此の国に国王なること五十年なり。→我 此の国に国王たること五十年なり。
例2:汝我妻二十余年也→汝為我妻二十余年
訓読:汝 我が妻なること二十余年なり。→汝 我が妻たること二十余年なり。
まぁ、これは例を見れば分かるでしょう。特に練習はしません。
補足:慣用表現
補語を挿入する文には、以下のような慣用表現があります。いずれもよく使われますので、覚えてしまうことをお勧めします。
①:自動詞「久[ひさ-し]」は、単独でよく補語となります。
例1:我為国王於此国久。
訓読:我此の国に国王たること久し。
訳:私は久しく此の国において国王である。
例2:我不夢汝久。
訓読:我汝を夢みざること久し。
訳:私は久しくお前を夢に見ていない。
②:副詞「已」はよく時間を表す補語の直前に置かれます。
例1:我不夢汝已久。
訓読:我汝を夢みざること已に久し。
訳:私はすでに久しくお前を夢にみていない。
例2:我教人仁以論語已三千人。
訓読:我人に仁を教ふるに論語を以てすること已に三千人なり。
訳:私はすでに三千人に論語でもって人に仁を教えた。
例3:我為国王於此国已五十年。
訓読:我此の国に国王たること已に五十年なり。
訳:私はすでに五十年間この国において国王である。
③:終助詞「矣」はよく補語の後ろに置かれ、完了を表します。訓読には反映されませんが。
例1:我不夢汝久矣。
訓読:我汝を夢みざること久し。
訳:私は久しくお前を夢みていない。
→「矣」の完了の語気を生かして「私がお前を夢にみなくなってから久しくなった。」としてもいいでしょう。現代中国語の「了」に慣れてる私としてはこっちの方がなじみがあります。但し、この訳が学校においても正答とされるかは不明。
例2:我教人仁以論語三千人矣。
訓読:我人に仁を教ふるに論語を以てすること三千人なり。
訳:私は三千人に論語でもって人に仁を教えた。
→「矣」の完了の語気を生かして「私が論語でもって人に仁を教えてから三千人になった。」と訳すこともできます。
例3:我為国王於此国五十年矣。
訓読:我此の国に国王たること五十年なり。
訳:私は五十年間この国において国王である。
→「私がこの国において国王であってから五十年となった。」としてもよいでしょう。
④:副詞「已」と終助詞「矣」は、よく一文に併用されます。
例1:我不夢汝已久矣。
訓読:我汝を夢みざること已に久し。
訳:私はすでに久しくお前を夢にみていない。
→「矣」のニュアンスを生かして「私がお前を夢にみなくなってからすでに久しくなった。」としてもかまいません。
例2:我教人仁以論語已三千人矣。
訓読:我人に仁を教ふるに論語を以てすること已に三千人なり。
訳:私はすでに三千人に論語でもって人に仁を教えた。
→「私が論語でもって人に仁を教えてからすでに三千人となった。」としてもかまいません。
例3:我為国王於此国已五十年矣。
訓読:我此の国に国王たること已に五十年なり。
訳:私はすでに五十年間この国において国王である。
→「私がこの国において国王であってからすでに五十年となった。」としてもよいでしょう。
因みに、この④の文型なんかは、現代中国語の「主語-述語-已経-補語-了。」の文型なんかに受け継がれています。
中国語的には、「現代中国語」→「漢語」、「漢文」→「古漢語」と呼びますからね。やはり文法的にも結構漢文のそれは現代語に受け継がれていたりします。
⑤他動詞「如」は、「如-目的語」で、しばしば補語となります。
例1:其軍侵略如火。
訓読:其の軍侵略すること火の如し。
訳:その軍は、火のように(早く)侵略する。
例2:美女之髪輝如月。
訓読:美女の髪輝くこと月の如し。
訳:美女の髪は月のように輝いている。
⑥自動詞「甚」は、単独でしばしば補語となります。
例1:将軍罵我甚。
訓読:将軍 我を罵ること甚だし。
訳:将軍はひどく私を罵った。
例2:其子泣叫甚。
訓読:其の子泣き叫ぶこと甚だし。
訳:その子はひどく泣き叫んだ。
練習問題3:次の補語を含む漢文を、訓読・翻訳してみよう。
(1)王誅群臣如殷紂王。 紂王…殷王朝時代の暴君のこと。
(2)嗚呼国亡十余年矣。
(3)民恨王甚。
(4)倭国為大国於東海已久矣。
練習問題4:次の書き下し文を、補語を含む漢文に復元してみよう。
(1)大王驕ること甚だし。
(2)駿馬行くこと龍の如し。
(3)我 子に見えざること已に二十余年なり。
(4)万国相ひ争ふこと久し。
おわりに
以上にて今回の漢文の訓読・翻訳の勉強はおしまいです。
それでは今回はこの辺で。
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